イコール「=」という概念を理解できるのは人間だけという話

養老孟司さんが「=」という概念を理解できるのは人間だけという話をしていた。

ところで、チンパンジーは知能が高いことで有名だけど、なんと数という概念は理解できるらしい。つまり、ものを数えることはできる。

では、人間とチンパンジーでは、ものの考え方の何が違うのか。人間は数える以外に「=」という概念を用いてものを考えることができる。これが人間が高い知能を持つ他の動物との違いであり、人間がここまで社会を発達させることが出来たのは「=」という概念を獲得できたからだ。

養老孟司さんの話を要約すると、そのような趣旨の主張であったように思う。

数学に置ける「0」の発明やホモサピエンス全史で解説された虚構などと通ずるものを感じた。僕は、この手の話が好きなのでとても楽しめた。

それと、この手の話になると抽象化というのは人間のみが持ち得る能力であるからしてなんて話になりがちではあるとは思うのだけれど、冒頭の話に戻り考えてみると、チンパンジーは数を数えることができるらしい。じゃあ抽象化そのものが人間のみの特権ではないっぽいってことになる。

問題なのは、その度合いなのかも。

まあ「=」や「0」は、まあ抽象化の最果てみたいなところがあるよなと。何かが無いという状態を「0」という記号で現すなんてよくよく考えてみると不可解だ。

例えば、今この文章を読んでいるあなたは、余程の偶然がない限りは、今は、りんごが0個の状態であると思う。

でも、同時にみかんが0個の状態でもあるわけだ。果ては、それをイコールで結んでみよう。

「りんご0個 = みかん0個」

りんご0個とみかん0個は同じ?まあ同じか…、と地獄みたいなことになる。

地獄みたいと言えば、位相幾何学(トポロジー)も僕からすると相当に狂ってて面白く感じる。なんせこの位相幾何学を通してものをみるとドーナツとマグカップは同じだけれどドーナツとアンドーナツは違うしマグカップと湯呑茶碗も違うけれど、マグカップとちくわは同じだねってことになる。

日常生活で、ナチュラルに、そんなことを言ってる人間をみたら、十中八九が狂人で残り1割の確率で数学者ってとこだろう。とにかく様子がおかしいし絶対に関わり合いたくない。

そうそう。話は脱線してしまったけれど、養老孟司さんの動画。興味が湧いた方は、ぜひ視聴してみて欲しい。

 

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