『護られなかった者たちへ』を読んだので感想を

中山七里さんの『護られなかった者たちへ』を読んだので感想を書きます。ちなみに読了後に映画版もみたけど、圧倒的に小説版の方が面白かったです。あくまでも個人的にですが理由は後述します。

小説版『護られなかった者たちへ』のジャンルとしては日本の生活保護制度の欠陥に迫る社会派ミステリーとのことです。どんな人におすすめなのかというと、社会派ミステリーと銘打っていますがポリティカル・フィクションというわけではなく、あくまでもミステリー小説なのでポリティカル・フィクションを探してるという方からすると、少し違うかも知れません。ミステリー小説としては、程よい緊張感が維持されていて、きちんとどんでん返しも用意されているので、ミステリー小説が好きな方にはおすすめです。

今ならKindle unlimitedで読めるので気になった方はぜひ。

以下、本作の感想です。多少のネタバレを含むので気になる方はご注意ください。

感想

あらすじをざっくり説明すると、福祉保険センターの課長の死体が発見され、死因は餓死。この状態から明らかに他殺であると思われるのですが、中々容疑者が浮かび上がらない。餓死なんて殺し方を選ぶくらいなので、犯人は被害者に相当な恨みを持っている人物なんだろうなと思うわけですが、身辺調査をしても、被害者は絵に描いた様な善人で部下にも上司にも慕われている人格者であるということが強調されるばかりで捜査は難航する、みたいな感じのところからお話が始まります。

まあ読者としては生活保護申請を成否を決める立場の人間なので生活保護絡みの事件なのだろうなと容易に予想は出来ます。例えば生活保護申請が通らなかった人の逆恨みであるなど。ただそこは流石ミステリー小説で、最初の予想がミスリードの様な気がしたり、はたまたやっぱり最初の予想通りに生活保護絡みの怨恨なのか…、という具合の揺さぶりが、緊張感を生んでいて、とても読み応えがありました。

冒頭で書いた映画版もみたけど、圧倒的に小説版の方が面白かった理由についてですが、改悪されている要素が多い様に思いました。登場人物の性別についてもそうですし、映画の枠の中に収めないといけないという事情はあるのでしょうけれど、犯人の犯行動機への背景がどうしても薄っぺらく感じました。

どんでん返し要素も小説版と比べるとだいぶん薄いです。あと、これは好みですが、ところどころ差し込まれる意味ありげな芸術表現(意味あるんでしょうけど)が肌に合わなかったですね。なので個人的には小説版の方が圧倒的におすすめです。

『ルビンの壺が割れた-宿野かほる』を読んだので感想

数年前に話題になった本。読みたいなあと思いつつも忘れていたのですが、Kindle Unlimitedで発見したので読んでみました。

物語の概要をざっくり説明すると、30年前に失踪した婚約者をFaceBook上で偶然みつけたとのことで、メッセンジャーでのやり取りが始まるという、現代版、書簡体小説とでもいう感じの物語となっています。

前半は再開を懐かしむような和やかな雰囲気でのやり取りが続くのですが、徐々に不穏な空気が漂い始めます。このあたりは読み手によってだいぶん印象が変わってくるところではないかと思われます。

あとがきにも書かれているのですが「ルビンの壺」というのは心理学でよくみるイラスト(表紙にも描かれている)で人によっては壺にみえたり向き合っている人にみえたりするというもので、「ルビンの壺が割れた」も読む人によっては、まったく違う印象になるということで「ルビンの壺」になぞらえているようです。

その「ルビンの壺」に「割れた」と付け足すあたりラストを象徴していて考え深いものがあります。あまり詳しく説明するとネタバレになるので、未読の方は、ぜひ衝撃のラストを体験してみてください。

そんなこんなで、これより先はネタバレありの感想になるので、未読の方は物語の結末を知ってから感想を共有しましょう。

ちなみに冒頭でも申し上げましたがKindle Unlimitedで読めます。契約している方は読み放題対象のうちにぜひ。

個人的な感想(ネタバレあり)

皆さんはこの話を読んでどのように感じられましたか?僕はとても怖くなりました。30年というのは決して短い時間ではないです。30年間もの間、一馬はずっと2人の女性を恨み続けていたのだと思うと、物語前半の彼の特定厨的な行動も、とても不気味な印象になります。きっとなんとしてでも未帆子の所在を特定し報復したかったのでしょう。一馬は常軌を逸した行動をしている、ただのぶっ飛んだやつのように感じますが、もし同じ立場であったならどうなんだろうと想像すると、それはそれで恐ろしい話です。彼にとって復讐こそが服役中の唯一の目標であり希望だったのかも知れません。まあその復讐も的外れな逆恨み以外の何でもないのですが…。

余談になりますが、公式の『ルビンの壺が割れた』特設サイトに公開往復書簡というコンテンツがあって編集者と宿野かほるさんが往復書簡形式でやり取りをするのですが、そこで、この『ルビンの壺が割れた』が宿野かほるさんの友人の実体験にもどづく話であるということが明かされます。個人的にこれが一番のホラーでした。

ちなみに公開往復書簡は下記になります。興味がある方はぜひ読んでみてください。

宿野かほる 『ルビンの壺が割れた』 | 新潮社

最後まで読んで頂きありがとうございました。この物語がどんな風に見えたのかコメントで感想なども教えて頂けると嬉しいです。

『さいはての彼女- 原田マハ』を読んだので感想

あなたは旅行が好きですか?だとしたらこの本は読まない方が良いかも知れないです。きっと本を閉じて旅に出たくなってしまうから。再生をテーマに据えた本書の魅力を一言で述べるなら旅の魅力に溢れた本です。

構成としては4つの短編から成る短編集なのですが、1章から3章までは独立した物語で、すべて女性の1人旅が描かれています。4章だけが少し特別で1章と同じ世界線上の物語となっています。ここからは1章ずつ簡単な概要と感想を書いていきたいと思います。

各章事の感想

『さいはての彼女』

本書のタイトルにもなっているお話。端的にいうと女社長の傷心旅行なのですが、まあそこは物語なので一筋縄ではいかず、予定外の出来事の連続で先行き不安な中で凪という耳が不自由な女性ハーレー乗りに出会うところから物語は動き始めます。

凪という主人公がバイクに乗って現れることで物語が動き出すのを暗示するあたりお洒落な構成で、如何にも女性作家的だなあと読んでて感じたのを覚えています。

血の滲む様な努力でここまでの人生を思うように乗りこなしてきた主人公ですが、成功者特有とでもいいますか、他人に厳し過ぎる節がちらほらと垣間見えるのですが、凪との出会いによって再生していく様がみていてとても心が温まります。

『旅をあきらめた友と、その母への手紙』

これまたいわゆるバリキャリっぽい女性の1人旅のお話です。女性の1人旅の楽しみ方であったり、こういう視点で旅行や旅をしているってのが男性である僕からすると新鮮でした。きっと女性からみると共感できるポイントも多いのでしょうね。

話の流れとしては、かつて主人公が人生に行き詰った際に、旅行に誘うことで転機をもたらしてくれた友人と、旅行にいく予定だったのですが、とある事情で1人旅になってしまうが…、旅先で、その友達からのメールを読んだり、その母親宛てにメールを送ったり云々、タイトルの通りですね。

実際には手紙ではなくメールなのですが手紙と表現しているあたりもこれまたお洒落ですね。

『冬空のクレーン』

個人的に最も好きな話です。これまたバリキャリの1人旅を描いている話ですね。これまで誇りを持って一所懸命に取り組んできた仕事から逃げて旅に出る主人公ですが、出会った先の人達との心の触れ合いで再生していくという「さいはての彼女」と同じ物語の構造なのですが、ラストの現実にぐぐっと引き戻される感じと旅の余韻みたいなもののバランスがとてもよくて、読後感が良いです。

『風を止めないで』

この「風を止めないで」は「さいはての彼女」のお母さんが主人公の話になっています。これまでの1章から3章までと決定的に違うのは、主人公が旅をしていないところですね。旅人を受け入れる側の視点になっています。この辺りは面白い対比構造になっていると思いました。

旅人である娘を持つ母親はきっとどこまでいっても帰りを待つ存在なのだなと思うと少し寂しい気持ちにもなります。

ところが主人公は、最後にはタイトルにもあるように旅人に対し「いかないで」ではなく「風を止めないで」という言葉に行き着きます。これまで描かれてきた女性とは少し毛色が違う待つ女性の強かさみたいなものが描かれていて、なんだかいぶし銀な物語って感じで、これはこれで良かったですね。

まとめ

原田マハさんの作品は初めて読んだのですが良い意味でイメージが変わりました。なんとなく男性には取っ付き辛い作品が多いんじゃないかなと偏見を持っていたのですが、いざ、読んでみると、そんなことはない、確かに視点は女性的(女性が書いているんだから当たり前ですが)で共感というよりは感心に近い感想を頂く箇所もありますが、抵抗なく物語の世界に浸ることができました。これからも原田マハさんの作品をチェックしていきたいと思います。

もし「さいはての彼女」に興味が湧いた方はぜひぜひ読んでみてください。読了しているよって方はコメントで感想なども聞かせて貰えると嬉しいです。

最後までお付き合い頂きありがとうございました。

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